町名森(ちょうなもり)は雫石町の鶯宿ダムの北、志戸前川と門戸沢に囲まれた標高689mの登山道のない藪山だ。
町名森の字があてがわれているけれど、おそらく当て字で、由来についてはわからない。
僕であれば手斧(ちょうな)を真っ先に思いつく。
手斧は木材を荒削りしたのち平らにするのに用いる道具で、山に関係する点では有力だ。
そんな町名森は、僕にとって難敵だ。
標高が低く、アプローチも短いが、地形が急峻で藪も濃く、一度アタックしたものの、途中で撤退した経験がある。
テレマークスキーに不向きと思われる山容は、再アタックするだけの魅力も感じられず、もう登らないと決めていた。
しかし、いくつかの出来事をきっかけに心境が変化した。
一つは昨年秋に鶯宿天然スギについて調査する機会があり、町名森一帯にも鶯宿天然スギが残っているのではないかと興味を持ったこと。
もう一つは、昨年春、僕にとって最難関の藪山だった地森を攻略できたことにある。
地森(991m)は秋田県との県境に近い大地沢上流の藪山で、テレマークスキーで攻略するには地形的にも、アプローチの長さ的にも苦労を強いられる。
この地森で、滑りに関しては期待していなかったにもかかわらず、思いのほか良い経験ができたのが、町名森への意欲を呼び起こした。
地森で下山時に奏功したのは雪質がザラメだったことにある。
樹林に囲まれた痩せ尾根でも、ザラメであれば十分にターンでき、下山時に大幅な時間短縮ができる。
そこで、今回もザラメに期待したが、標高の低い山ではそのタイミングが難しく、特に今年のように暖冬少雪だと、下手をすれば雪解けか雪腐れという災厄の事態になってしまう。
今日は気温も高く、1日晴れて風も弱い予報。
日没まで有効に時間が使えるのは、初めての藪山を開拓するには最高の条件だ。
ただし、僕が町名森を甘く見て油断し、家を遅めに出発したのは後々響いた。
鶯宿温泉の裏路地を抜け、切留集落を過ぎて門戸沢林道の入口に着く。
林道の入口に「伐採作業中」の旗が立ち、林道も完全に消雪している。
去年の11月時点ではこうはなっておらず、これはさすがに想定外だった。
離れたところに車を止め、最初からスキーを担いでの徒歩になる。これも時間の浪費につながった。
林道脇には伐採されたばかりのスギが「はい積み」されている。
中には50~60年生ぐらいの立派なものもあり、赤身が目立つ木口が美しい。
物珍しさにそんな写真を撮ったりしたことも時間の浪費につながった。
どこまで伐採は続いているのだろうかと思いながら、断続的に「はい積」が並ぶ林道を進む。
予定では下コムギ沢橋から林道と別れて門戸沢の右岸を進む計画だったが、そこがまさに伐採現場になっていて、雪も完全に消えているため、そのまま林道を進む。
町名森へは下コムギ沢沿いに遡上して、途中で北側の尾根に取付く計画だ。航空写真では稜線付近に天然スギらしきものが見え、それを確認するのがねらいだ。
林道から下コムギ沢に入るには渡渉を覚悟していたが、下コムギ沢でも伐採作業をしている様子で、作業道がそのまま歩く。
林内作業車でドロドロになっている路面は、まだ凍っているお陰で歩きやすかったが、今日の気温では帰りは悲惨なことになりそうだ。
下コムギ沢に入ってしばらく、右手に大きな支流があり、伐採現場はその支流へ延びていた。ここでようやくスキーを履き、下コムギ沢の遡行を続行する。
それにしても、今日は日曜日で、伐採作業がお休みだったのは幸運だった。そうでなければ好奇の目に晒されるところだった。
早めに尾根に取付きたいけれど、下コムギ沢を囲む斜面は、思っていた以上に急で、藪も濃かった。
小さな沢や倒木などもあり、歩くペースは一向に上がらない。
次第に上空が開けてきて、結局、最上流部付近までそのまま遡上した。
しかし、沢の詰上げはかなりの急斜面で樹木も密生しているようだった。左岸の斜面は日当たりが良く雪崩の危険性もある。右岸の斜面の方が幾らか条件はマシと見てジグザグに急斜面を登る。
途中からカモシカの足跡に導かれるように高度を上げていくと、急な尾根に到達した。
あまりに急で、相変わらず樹木が密生しており、長いスキーが邪魔で仕方ない。
しかし、つぼ足での登高を試みたものの、雪が腐っていて全く歩けない。
仕方なしに覚悟を決めて再びスキーを履く。ところによってはストックではなく、立木を掴みながら登る感じだ。
しばらくすると幾分傾斜が緩くなり、ようやく一息つけるようになる。
植生的にはスギ、ヒバ、クロベといった針葉樹のほかに、ブナ、ミズナラなどの広葉樹が混ざり、このあたりの典型的な感じだ。
天然スギと思われるものには、通直で立派なものもあるが、鶯宿天然スギとしては、やや迫力に欠ける感じだ。
振り返れば樹林越しに須賀倉山や雪が消えた雫石盆地が見える。
ここまでは遠方を見渡すことすらできなかった。
再び尾根の傾斜はきつくなり、まもなくすると鶯宿ダムから延びる稜線に達する。
左手には和賀山塊、右手には岩手山が見えるが、いずれも樹林越しなのが残念だ。
傾斜の緩い稜線には、クロベの大木が出現し、ヒバは姿を消す。スギには鶯宿天然スギの特徴が感じられるようになる。
場所によっては残雪がわずかになっているところもあり、このあたりが低山の難しいところだ。
地形図で見る限り、このまま快適に稜線をたどれば町名森山頂に到達するものと思っていたが、目の前には再び急な尾根が現れる。
やせた尾根は北東側に切れ落ち、雪庇が発達しているので注意が必要だ。
これを見れば、下コムギ沢を尾根まで詰め上げるのは困難かつ危険なことがわかる。
ここまでの印象として、町名森は地形図で見る以上に急峻で樹林が濃いと感じた。
やはりテレマークスキーでの登るべき山ではないだろう。
急な登りは標高差にして100m続く。
ここまで町名森の山容を一度も望むことがなかったため、目指すべき目標も定まらないままに目の前の急な尾根をひたすら登るしかない。
まもなく前方に天然スギらしきものが数本見えてくる。
かなりの大きさである。
そして、その天然スギまで到達すると途端に、明るく開けた平坦地が広がる。
それまでの地形からはまさに劇的な変化で、樹林もまばらで、クロベやミズナラの巨木が点在している。
天然スギは鶯宿スギの特徴を色濃く残した立派なもので、太さも1mぐらいはある。クロベに至ってはそれ以上あるだろう。
ちょっと感動できる場所で、これまでの苦労も報われるようだ。
それにしても、町名森山頂の一角をなすこの平坦地は、地形図で見る以上に平坦で広い印象だ。
まさに「手斧で平らに削ったような」という表現がぴったりで、町名森の由来の謎が解けた気がする。
町名森の三角点はもう少し北にあるが、三角点から平坦地にかけての一帯が町名森山頂と捉えた方が良さそうだ。
三角点は雪から顔をのぞかせすぐに分かった。
山名板はかなり古いものも含め3つあり、歩く人がいることが意外だった。
三角点周辺は狭く日当たりも眺望も良くない。
昼食は平坦地に戻ってとる。
平坦地に樹木がまばらなのは、今は雪で分からないが、おそらく笹が密生しているためだろう。
鶯宿天然スギも、かつてはもっと密生していたものが、伐採されてわずかに残っているのではないだろうか。
この山は下コムギ沢が山頂近くまで急斜面のまま詰上げているので、伐採木を鉄砲堰で流送するのに好都合で、その伐採の結果、これまでの登りで藪に苦しめられたのではないだろうか。
そんな歴史に思いを馳せたまでは良いが、下山も本当に悲惨だった。
尾根が急で藪が濃いうえに、雪が腐っているため、スキーで滑れる箇所が少しもなかった。
要するにほぼカニ歩きでの下山となり、これも時間と体力を消費した。
車に辿り着いたのは17時半近くになり、鶯宿温泉に寄る時間もなくなってしまった。
ただ、時間が遅くなり気温が下がったお陰で、林道の泥濘に悩まされずに済んだのはラッキーだった。
ウエブマスター (木曜日, 22 7月 2021 15:34)
昔の列車旅は、移動中も面白味がありました。駅にも「名所案内」の看板があり、駅名表示の下にも「●●郡●●村」とか書いてあるのが好きでした。
白州丸 (土曜日, 17 7月 2021 15:24)
宮城〜岩手〜秋田〜青森と東北縦横断の旅堪能しました。沿線の温泉に入りたい!
画像加工いいですね!!
ウエブマスター (金曜日, 16 7月 2021 23:49)
私が描いたと言いたいところですが、撮った写真を加工したんですよー
でも、文字は女流書家 泉に依頼したものです!
白州丸 (水曜日, 14 7月 2021 16:46)
産業と共に生きた雫駅の歴史が分かります。駅舎のスケッチも良いですが因みに誰のタッチ?
ウエブマスター (土曜日, 13 3月 2021 11:08)
徳永さん、了解しました!
ウエブマスターまでメールいただければ地図を返信いたします!
徳永光保 (金曜日, 12 3月 2021 07:33)
前山の記事 拝見しました。
西和賀方面にこの時期にいけるところを探していたので興味があります。だいたい見当はつくのですが
もしよろしかったらルートの地図をいただけないでしょうか。よろしくお願いします。
ウエブマスター (日曜日, 28 2月 2021 17:38)
chanmikiさん
いらっしゃいませ!
コメントありがとうございます。
日付は更新日でモナドノックは20日にツアーしました。
慣れていないと迷うと思うので、メールいただければ私の地図を送りますよ!
ウエブマスター (日曜日, 28 2月 2021 17:28)
白州丸さん
長いことコメントに気付かずスミマセン
東京は大変ですよね。
ワカサギを食べさせてあげれないのが残念です。
大願成就の次の回、長女と岩洞湖に行きましたが、またしても大漁でした!
岩手は恵まれてますよ!
chanmiki (火曜日, 23 2月 2021 21:07)
初めてコメントします。同じ小学校区、同じピアノ教室だったTです。
数年前からこのブログを見つけて、感動!尊敬!たくさん学ばせて頂いています。
本日23日も、「岩神山から田代牧場へ」を真似っこしようと行ったのですが、雪が少なそうで止め、区界駅2番ホームからの牧野へ行こうかとホームまで行きました。迷って結局、桐の木沢山へ行ったのですが、「モナドノック」を見てびっくり!
でも本日23日じゃないですよね?天気から。
私も単身赴任で106号を使っていたので、北上高地の、しかも地形のプロの記事、とても興味深く読んでいます。もちろん地元雫石のもです!
白州丸 (土曜日, 09 1月 2021 21:04)
コロナ禍で気づく事も多く、人と接せず作業をする一次産業やステイホームで地元を考える機会も多苦なりそれが新しい日常と気づくかもしれません。地元愛と働く人に感謝¡¡
白州丸 (月曜日, 28 12月 2020 11:11)
コロナ禍で始まったこの1年、地表ををすっかり覆ってしまう新雪はしばし巷のゴタゴタも忘れさせてくれます。
白州丸 (木曜日, 10 10月 2019 16:45)
馬愛の結晶でしょうね!優しい表情が印象的です。
ウエブマスター (火曜日, 30 4月 2019 11:10)
徳永様
お久しぶりです!
コメント有難うございます!
丸森良かったですねー
雪もたっぷりで何よりでした。
そろそろクマさんがウロウロしているようです。先日大松倉で足跡を見ました。お互いに気を付けましょう!
いつか、ウロコでご一緒したいです!
徳永光保 (日曜日, 21 4月 2019 20:05)
以前 森林鉄道のツアーでお世話になりました徳永です。本日こちらで紹介されている丸森にうろこテレマークで行ってきました。雪もたっぷり残っていてブナの原生林の雰囲気もよく大変気に入りました。情報参考にさせていただきました。ありがとうございました。
ウエブマスター (日曜日, 22 4月 2018 19:07)
家の前の桜はまだですが、盛岡はすでに満開。テレマークはこれからが良い季節ですよ!
白州丸 (日曜日, 15 4月 2018 15:59)
今シーズンのテレマークもそろそろ終わり?桜も咲き始めましたあ?
ウエブマスター (土曜日, 07 5月 2016 12:18)
白州丸さま
宮古では恒例のuno大会も盛り上がりました!
旧道歩きは発見があって楽しいですね!
白州丸 (木曜日, 05 5月 2016 16:03)
1泊2日の宮古の充実した旅でしたね。女性3名を従え賑やかで大きな天候の崩れも無く良かったです。
白州丸 (日曜日, 06 3月 2016 10:50)
親子の協力、ほのぼのとして少ない成果でも美味しさがギュット詰まっている事でしょう。
ウエブマスター (日曜日, 10 1月 2016 11:41)
白州丸さま
ジムニーで薪運搬!
こういうのって、田舎暮らしならではの楽しさですね!
白州丸 (土曜日, 09 1月 2016 14:13)
有り難いプレゼント、ジムニー大活躍ですね!!
白州丸 (土曜日, 26 9月 2015 17:10)
手を加えた分だけ建物は答えてくれます、又達成感は喜びになるでしょう。
白州丸 (土曜日, 26 9月 2015)
父と娘の縦走、紅葉が綺麗ですね、山ガールも頑張りましたね!!
白州丸 (土曜日, 15 8月 2015 15:52)
見事に蘇りました、15年の歴史がしみ込んだテーブル作業中はいろんな思いも浮かんだ事でしょう。我が家は削って(多分電動鉋?)もらいましたが手作業はご苦労様でした。又新しい家族の歴史(汚れ?)が刻まれる事でしょう。帰ってきた家族もさぞびっくり!!
白州丸 (火曜日, 30 6月 2015 10:19)
テーブル完成おめでとうございます。ここ迄秋田杉を利用できれば樹も喜んでいる事でしょう。無垢板は存在感ありますね!!このテーブルからどんな作品が出来るか楽しみですね
ウエブマスター (日曜日, 17 5月 2015 12:24)
リタイヤじっちゃん様
丸森制覇、おめでとうございます!私はタイミングを逃し、今年は行けず残念でしたが、動画を拝見させていただき、行った気になれました!それにしてもクマにはビックリ!!
リタイヤじっちゃん (火曜日, 12 5月 2015 09:27)
ウエブマスターの丸森ツアー(2013.5.12)でアクセスルートを知ったのは昨年の夏ごろ、それから5月の連休が待ち遠しく長いものでした。途中熊さんの歓迎を受けましたが、楽しく登ることができました。情報ありがとうございました。来冬は須賀倉を頂戴します。(山行記録YouTube”丸森”)
ウエブマスター (水曜日, 29 4月 2015 07:49)
史実探偵さま、コメント有難うございます。なるほど!奥が深そうですねー。
史実探偵:平素人 (日曜日, 26 4月 2015 00:02)
はじめまして^^、ウエブ釜石鉱山で検索訪問しました。ホームのお写真を見て、これが私の広報する、『BC.2001年に地球を半周し東北へ降臨した巨大隕石の核!』 かと思うと胸のたかまりを覚えます。よろしかったら、myブログのカテゴリー;巨大隕石(5) &, 巨大津波(4)へ、どうぞ^^!
小岩 (日曜日, 05 10月 2014 14:24)
シロハヤブサの続編に期待・・豊かな発想に拍手を送ります。
小岩じいじ (日曜日, 05 10月 2014 14:16)
岩手の旅行記は風景写真の見事さと臨場感あふれる文章にいつも感心しています。次号を楽しみにしています。
小岩 (日曜日, 05 10月 2014 14:06)
泉ちゃん堂々の3位入賞おめでとう。又1つ話題ができましたね。来年は優勝目指して下さい。
リタイヤじっちゃん (日曜日, 05 10月 2014 10:09)
体力的に門馬コースは無理ですが、教えていただいた丸森には挑戦させて頂きます。尚、剣ヶ峰山行記録はyouTubeで公開してますがどなたとも知らず貴方の車ときのこ採りの3人には無料出演して頂いでおりますのであしからず。但し誰も見ませんが。(笑)
ウェブマスター (日曜日, 05 10月 2014 00:06)
いやはや!
ニアミスしていたわけですね、リタイヤじっちゃん様!やはり早池峰剣ヶ峰、いい山ですよねー!
今度は、門馬コースにも久々にチャレンジしたいと思っています!
リタイヤじっちゃん (水曜日, 01 10月 2014 18:16)
久しぶりに覗いて見てびっくりしました。9月15日早池峰剣ヶ峰で好青年と交差したことを覚えております。あの時の白髪親父がじっちゃんです。初めて登りましたがいい山でした。
ウェブマスター (土曜日, 07 6月 2014 22:03)
ritzさん、コメント有難うございます!
阿部館山良かったですよ!来年も絶対行きます!その時お会いするかもしれませんね!今後ともこの隠れ家的HPをよろしくお願い致します!
ritz (火曜日, 03 6月 2014 00:16)
はじめまして。
4/13阿部館山の記事拝見しました。素晴らしいところですね。
4月頭に櫃取湿原や青松葉山界隈を歩き(滑り)、斜面や森の雰囲気に感動しました。北上高地は初めて訪れましたが、また行ってみたいと思っています。
これからも岩手の山滑りの記録、楽しみにしています。