1827(文政10)年の雫石通代官が記した「雫石通細見路方記」は、管轄地内の名所旧跡などをスケッチと川柳を交えて紹介したいわば観光ガイドのようなものだ。
当然ながら自然を対象としたものが中心となるので、現存しているものも少なくない。
その中で、葛根田川を遡上しながら玄武洞や鳥越の滝を紹介していく過程で「魚留(よどまり)」という滝が紹介されている。
明治時代前期に作られた「岩手県管轄陸中国岩手郡長山村図 壱町六分」では、「鳥越ノ瀧」と記載されたすぐ下流の葛根田川に「魚留リノ瀧」と記されている。
さらに1879(明治12)年「岩手県管轄地誌第2巻岩手郡Ⅱ」には陸中国岩手郡長山村の項で鳥越ノ滝とともに紹介されており、これによれば「魚留リノ滝」は、別名「治右衛門滝」といい、鳥越滝の下流にあり、高さ四丈八尺、幅四丈となる。メートル法に換算すれば高さ14.54m、幅12.12mということになりかなりのスケールだ。
そんな魚留の滝であるが、現在の地図にその名はなく、地形図のそれと思われる場所にも滝の記号すら記されていない。
歴史的景勝地がなぜ忘れられた存在になっているのだろうか。それとも既に消失してしまったのだろうか。
そんな知られざる滝を調査してみようと思う。
滝ノ上温泉へ至る県道を車で走っている時、間もなく滝ノ上という辺りで行く手の葛根田川の峡谷に湯気が立ち昇るのが見えてくる。
ここは誰しも好奇心が高まる瞬間に違いない。
しかし、県道はその峡谷に入る手前で南白沢に沿うように迂回するため、残念ながら間近にその光景を目にすることはできない。
実は、この湯気が立ち込める峡谷地帯こそ魚留の滝がある場所なのだ。
調査は渡渉が予想されるため渇水期を狙って行った。
葛根田川は度々水害を起こす暴れ川で、災害防止のための砂防ダムが各所に設置されている。そのため、土砂の堆積で河川敷は広く、遡行するのは容易だと見込んだ。
渓畔に降り立って、まず紅葉の美しさに息を呑む。
最近は晴天続きだったこともあり、水量は少なく、流れも穏やかだ。
最初の渡渉は素足で渡渉した。まもなく11月ではあるが、地熱地帯を流れてくるせいか、刺すような冷たさではなかった。
間もなく前方に湯気が見え、下には滝らしきものも見えてくる。魚留の滝に違いないがここからではまだ小さい。
しかし、背後に立ち昇る噴気のせいで存在感は実際の大きさ以上にある。
近づくにつれて滝は少しづつ姿を現す。伝説の滝への期待は高まるばかりだ。
その後も飛び石伝いに何度か渡渉を繰り返し魚留の滝との距離を縮めていく。
それにしても流れが穏やかだ。
渓流に堆積する落ち葉が動かずに留まっている。
淵は青く澄み、紅葉とのコンビネーションはこの世のものとは思えない美しさだ。
南白沢合流点までくれば、魚留の滝はそのすぐ上流の葛根田川にあるのだが、峡谷は狭く、しかも滝の手前で屈曲しているため、その全貌を見ることはできない。
ここまで来て全貌を見れないのは残念だが、峡谷に立ち込める噴気と相まって、まさに「神秘の滝」と呼ぶにふさわしい。
位置関係は「雫石通細見路方記」の挿絵と一致している。
ここから目視できる滝の高さは4mぐらいしかなく、「岩手県管轄地誌第2巻岩手郡Ⅱ」に記載された高さとはだいぶ異なる。
葛根田川の河床が砂防ダムの設置により高くなっていること、東北電力葛根田発電所の取水口がこの上流に設置されたために本流の流下量が減少し、昔に比べ堆積した土砂の掃流力が弱まったことも関係しているのかも知れないが、「雫石通細見路方記」の挿絵では複数の段になっていることから、全体の高さを指しているのかもしれない。
いずれにせよ、伝説の滝は今も存在し、これからも神秘のままであり続けることだけは確かなようだ。
今回の探訪で十分満足したけれど、できることなら魚留の滝の全貌を見てみたいものだ。
しかし、南白沢合流点から鳥越ノ滝までの葛根田川は両岸が急崖や崩壊地で人を寄せ付けない。まさにV字谷のような峡谷だ。
このまま神秘の存在としておいても良いのだけれど、冬枯れの時期に尾根から確認してみようと思った。
尾根から渓流までは高低差もあり、切り立った崖なうえに樹木で視界を邪魔されるので、都合よく眺められるかどうかは分からない。むしろ見れればラッキーと考えた方が良い。
再アタックのチャンスは、県道が冬期通行止めになる前日の日曜日に訪れた。
前日の時雨は山ではまとまった雨になったようで、沢の水量が多く、道路も一部が沢のようになっていた。
滝ノ上温泉附近の紅葉は終わり、目論見通り冬枯れの様相だった。
三ツ石山など稜線近くは雪で白くなっている。
滝ノ上温泉の駐車場に車を止める。先週までの賑わいが嘘のように、他の車は1台しかない。
ヘルメットにスパイク長靴で斜面に取り付く。
濡れた落ち葉が堆積した急斜面にスパイク長靴の選択は正解だった。
チシマザサの藪が酷く、枯れた太い茎がヘルメットを度々叩く。そういう意味でもヘルメットをしてて良かった。
尾根も藪が酷いが、尾根から崖に傾斜が変わる地点は幾らか視界が効く。
しかし峡谷を見下ろしても、藪越しに所々水面が見えるのと、あちこちから立ち昇る噴気が確認できるぐらいで、条件は厳しい。
崩壊地や崖は一歩足を滑らせれば即死なので、安全第一だ。
とりあえず、尾根の鼻先まで、行ける限り行ってみることにする。
この先も尾根は藪だし、峡谷は崖と樹木で下をのぞき込むことを阻まれ、奇跡が起こらない限りまともに沢を眺めることは出来そうにない。
だけど、沢を遡行して魚留の滝を眺めた時に、峡谷の様相は分かっていたので、特に残念だとは思わないし、むしろ予想通りの展開だ。
藪の様子を窺いながら歩いていると、下を眺められそうな場所を見つけた。
藪を漕ぎながら近づいてみる。
切れ落ちる崖の淵に立つブナの木から、噴気が立ち昇る渓を望むことができた。
対岸の斜面からも噴気が出ているのが確認できる。
見下ろす渓は一番下流側に前回確認した瀑布が、その上流にも2か所ほどナメに近い滝が確認できた。
雫石通細見路方記の挿絵にある3段の滝はこれのことだったのかと納得する。
深いV字谷は西日がすでに日陰になっている。
噴気は強弱を繰り返しながらたなびいている。
一般の人が目にすることのない絶景を目の当たりにし感動する。
この先も尾根の鼻先に向けてもう少し歩けそうなので、また藪に戻る。
万が一魚留の滝の全貌を見ることのできる場所があるかもしれない。
ただ、もしそういう場所があるとすれば、それは奇跡とし思えない、そんな周囲の状況だ。
そして一番下流の瀑布のさらに下流側に回り込んだと思える辺りで、崖の淵に近づいてみる。
そこで奇跡の予感がした。
崩壊地の上端にブナの木が1本あった。そこまで降りることができれば、その下は崩壊地なので遮るものがない。
ブナの木の場所までの下降も、それほど危険な感じはしなかった。
しかし、このブナの木の傍らにいて、あまり良い気分はしない。
ここが崩れれば一巻の終わりだ。
ブナの木にはクマが登った爪痕があるが、熊棚はない。もしや転落死したのではあるまいか。
そういうことはあまり考えず、渓を見下ろす。
はたして、一番下流の瀑布はほぼ全体を眺めることができた。
高さは下で見た時と同じだが、これまで見てきたのと違って、音も聞こえるので迫力が凄い。
ここは唯一魚留の滝を見下ろすことができる奇跡の場所だ。崩壊地でなかったらこう上手くは行かなかったはずだ。
大げさでなく、奇跡の絶景に感動する。
恐怖心に勝る興奮で、崖下を眺めながら一眼レフのシャッターを無心で切る。
前回遡上して魚留の滝を眺めた場所も見える。
こうして眺めていると「岩手県管轄地誌第2巻岩手郡Ⅱ」に記載された高さは、上の2滝を合計した高さなのだと確信する。
雫石通細見路方記の挿絵も3段になっており、忠実な挿絵だと改めて感心する。
しかし、当時の人たちはどこからどう眺めてあの忠実な挿絵を描いたのだろうかと、不思議でならない。
ウエブマスター (木曜日, 22 7月 2021 15:34)
昔の列車旅は、移動中も面白味がありました。駅にも「名所案内」の看板があり、駅名表示の下にも「●●郡●●村」とか書いてあるのが好きでした。
白州丸 (土曜日, 17 7月 2021 15:24)
宮城〜岩手〜秋田〜青森と東北縦横断の旅堪能しました。沿線の温泉に入りたい!
画像加工いいですね!!
ウエブマスター (金曜日, 16 7月 2021 23:49)
私が描いたと言いたいところですが、撮った写真を加工したんですよー
でも、文字は女流書家 泉に依頼したものです!
白州丸 (水曜日, 14 7月 2021 16:46)
産業と共に生きた雫駅の歴史が分かります。駅舎のスケッチも良いですが因みに誰のタッチ?
ウエブマスター (土曜日, 13 3月 2021 11:08)
徳永さん、了解しました!
ウエブマスターまでメールいただければ地図を返信いたします!
徳永光保 (金曜日, 12 3月 2021 07:33)
前山の記事 拝見しました。
西和賀方面にこの時期にいけるところを探していたので興味があります。だいたい見当はつくのですが
もしよろしかったらルートの地図をいただけないでしょうか。よろしくお願いします。
ウエブマスター (日曜日, 28 2月 2021 17:38)
chanmikiさん
いらっしゃいませ!
コメントありがとうございます。
日付は更新日でモナドノックは20日にツアーしました。
慣れていないと迷うと思うので、メールいただければ私の地図を送りますよ!
ウエブマスター (日曜日, 28 2月 2021 17:28)
白州丸さん
長いことコメントに気付かずスミマセン
東京は大変ですよね。
ワカサギを食べさせてあげれないのが残念です。
大願成就の次の回、長女と岩洞湖に行きましたが、またしても大漁でした!
岩手は恵まれてますよ!
chanmiki (火曜日, 23 2月 2021 21:07)
初めてコメントします。同じ小学校区、同じピアノ教室だったTです。
数年前からこのブログを見つけて、感動!尊敬!たくさん学ばせて頂いています。
本日23日も、「岩神山から田代牧場へ」を真似っこしようと行ったのですが、雪が少なそうで止め、区界駅2番ホームからの牧野へ行こうかとホームまで行きました。迷って結局、桐の木沢山へ行ったのですが、「モナドノック」を見てびっくり!
でも本日23日じゃないですよね?天気から。
私も単身赴任で106号を使っていたので、北上高地の、しかも地形のプロの記事、とても興味深く読んでいます。もちろん地元雫石のもです!
白州丸 (土曜日, 09 1月 2021 21:04)
コロナ禍で気づく事も多く、人と接せず作業をする一次産業やステイホームで地元を考える機会も多苦なりそれが新しい日常と気づくかもしれません。地元愛と働く人に感謝¡¡
白州丸 (月曜日, 28 12月 2020 11:11)
コロナ禍で始まったこの1年、地表ををすっかり覆ってしまう新雪はしばし巷のゴタゴタも忘れさせてくれます。
白州丸 (木曜日, 10 10月 2019 16:45)
馬愛の結晶でしょうね!優しい表情が印象的です。
ウエブマスター (火曜日, 30 4月 2019 11:10)
徳永様
お久しぶりです!
コメント有難うございます!
丸森良かったですねー
雪もたっぷりで何よりでした。
そろそろクマさんがウロウロしているようです。先日大松倉で足跡を見ました。お互いに気を付けましょう!
いつか、ウロコでご一緒したいです!
徳永光保 (日曜日, 21 4月 2019 20:05)
以前 森林鉄道のツアーでお世話になりました徳永です。本日こちらで紹介されている丸森にうろこテレマークで行ってきました。雪もたっぷり残っていてブナの原生林の雰囲気もよく大変気に入りました。情報参考にさせていただきました。ありがとうございました。
ウエブマスター (日曜日, 22 4月 2018 19:07)
家の前の桜はまだですが、盛岡はすでに満開。テレマークはこれからが良い季節ですよ!
白州丸 (日曜日, 15 4月 2018 15:59)
今シーズンのテレマークもそろそろ終わり?桜も咲き始めましたあ?
ウエブマスター (土曜日, 07 5月 2016 12:18)
白州丸さま
宮古では恒例のuno大会も盛り上がりました!
旧道歩きは発見があって楽しいですね!
白州丸 (木曜日, 05 5月 2016 16:03)
1泊2日の宮古の充実した旅でしたね。女性3名を従え賑やかで大きな天候の崩れも無く良かったです。
白州丸 (日曜日, 06 3月 2016 10:50)
親子の協力、ほのぼのとして少ない成果でも美味しさがギュット詰まっている事でしょう。
ウエブマスター (日曜日, 10 1月 2016 11:41)
白州丸さま
ジムニーで薪運搬!
こういうのって、田舎暮らしならではの楽しさですね!
白州丸 (土曜日, 09 1月 2016 14:13)
有り難いプレゼント、ジムニー大活躍ですね!!
白州丸 (土曜日, 26 9月 2015 17:10)
手を加えた分だけ建物は答えてくれます、又達成感は喜びになるでしょう。
白州丸 (土曜日, 26 9月 2015)
父と娘の縦走、紅葉が綺麗ですね、山ガールも頑張りましたね!!
白州丸 (土曜日, 15 8月 2015 15:52)
見事に蘇りました、15年の歴史がしみ込んだテーブル作業中はいろんな思いも浮かんだ事でしょう。我が家は削って(多分電動鉋?)もらいましたが手作業はご苦労様でした。又新しい家族の歴史(汚れ?)が刻まれる事でしょう。帰ってきた家族もさぞびっくり!!
白州丸 (火曜日, 30 6月 2015 10:19)
テーブル完成おめでとうございます。ここ迄秋田杉を利用できれば樹も喜んでいる事でしょう。無垢板は存在感ありますね!!このテーブルからどんな作品が出来るか楽しみですね
ウエブマスター (日曜日, 17 5月 2015 12:24)
リタイヤじっちゃん様
丸森制覇、おめでとうございます!私はタイミングを逃し、今年は行けず残念でしたが、動画を拝見させていただき、行った気になれました!それにしてもクマにはビックリ!!
リタイヤじっちゃん (火曜日, 12 5月 2015 09:27)
ウエブマスターの丸森ツアー(2013.5.12)でアクセスルートを知ったのは昨年の夏ごろ、それから5月の連休が待ち遠しく長いものでした。途中熊さんの歓迎を受けましたが、楽しく登ることができました。情報ありがとうございました。来冬は須賀倉を頂戴します。(山行記録YouTube”丸森”)
ウエブマスター (水曜日, 29 4月 2015 07:49)
史実探偵さま、コメント有難うございます。なるほど!奥が深そうですねー。
史実探偵:平素人 (日曜日, 26 4月 2015 00:02)
はじめまして^^、ウエブ釜石鉱山で検索訪問しました。ホームのお写真を見て、これが私の広報する、『BC.2001年に地球を半周し東北へ降臨した巨大隕石の核!』 かと思うと胸のたかまりを覚えます。よろしかったら、myブログのカテゴリー;巨大隕石(5) &, 巨大津波(4)へ、どうぞ^^!
小岩 (日曜日, 05 10月 2014 14:24)
シロハヤブサの続編に期待・・豊かな発想に拍手を送ります。
小岩じいじ (日曜日, 05 10月 2014 14:16)
岩手の旅行記は風景写真の見事さと臨場感あふれる文章にいつも感心しています。次号を楽しみにしています。
小岩 (日曜日, 05 10月 2014 14:06)
泉ちゃん堂々の3位入賞おめでとう。又1つ話題ができましたね。来年は優勝目指して下さい。
リタイヤじっちゃん (日曜日, 05 10月 2014 10:09)
体力的に門馬コースは無理ですが、教えていただいた丸森には挑戦させて頂きます。尚、剣ヶ峰山行記録はyouTubeで公開してますがどなたとも知らず貴方の車ときのこ採りの3人には無料出演して頂いでおりますのであしからず。但し誰も見ませんが。(笑)
ウェブマスター (日曜日, 05 10月 2014 00:06)
いやはや!
ニアミスしていたわけですね、リタイヤじっちゃん様!やはり早池峰剣ヶ峰、いい山ですよねー!
今度は、門馬コースにも久々にチャレンジしたいと思っています!
リタイヤじっちゃん (水曜日, 01 10月 2014 18:16)
久しぶりに覗いて見てびっくりしました。9月15日早池峰剣ヶ峰で好青年と交差したことを覚えております。あの時の白髪親父がじっちゃんです。初めて登りましたがいい山でした。
ウェブマスター (土曜日, 07 6月 2014 22:03)
ritzさん、コメント有難うございます!
阿部館山良かったですよ!来年も絶対行きます!その時お会いするかもしれませんね!今後ともこの隠れ家的HPをよろしくお願い致します!
ritz (火曜日, 03 6月 2014 00:16)
はじめまして。
4/13阿部館山の記事拝見しました。素晴らしいところですね。
4月頭に櫃取湿原や青松葉山界隈を歩き(滑り)、斜面や森の雰囲気に感動しました。北上高地は初めて訪れましたが、また行ってみたいと思っています。
これからも岩手の山滑りの記録、楽しみにしています。