知られざる自然

幻のインクライン(2016.11.5)

一枚の白黒写真が僕の手元にやってきた。
キャプションにはインクラインとだけ書かれており、ブロック積みの擁壁とその上のインクライン制動機小屋、更に擁壁の手前にはガソリン機関車1台が写っている。
おそらく、かつて雫石営林署が運行していた森林鉄道鶯宿線の写真と思われる。
インクラインは鶯宿温泉の奥の待多部沢の上流で、峠越えして旧沢内村に至る手前にあったとされている。
しかしながら、森林鉄道としては割と大掛かりな施設なのに、旧版の地形図にも記載はなく、数年前に起点部分を調査した時も、その所在を確認することはできなかった。
だからこの写真の存在は、僕にとって非常に大きな意味を持つ。

 

調査は藪が枯れた10月中旬に行った。
雫石と沢内を結ぶ農道貝沢野線の貝沢トンネルの脇がスタート地点だ。
山に入ってすぐ、軌道跡らしき地形を確認する。
軌道跡は所々で樹木が成長しているものの割と明瞭だ。
ただし、灌木や下草の様子から、ここを歩いている人は近年いないようだ。

森林鉄道の雰囲気一杯の掘割
(森林鉄道の雰囲気一杯の掘割)

想定しているインクラインの終点までは谷を二度越えなければいけない。
最初の谷は浅いものの、路盤の痕跡はその手前からすっぱりと無くなっていた。
しかしここにインクラインがあったとは考えにくく、とりあえず谷に降りて先へ進む。対岸へ登ると、その先にこれまでよりも明瞭な軌道跡が続いていた。

 

軌道跡は標高をほとんど変えることなく尾根の突端方向を目指す。
軌道脇のスギは立派に成長し、そろそろ伐期を迎えそうな感じだ。
もしかするとこの軌道跡も近々道路に壊されてしまうかもしれない。
か細い軌道跡は森林鉄道の雰囲気が一杯だ。

盛土区間  当時はなかったであろうスギが立派に成長している。
(盛土区間  当時はなかったであろうスギが立派に成長している。)
軌道敷にもスギが生えている。
(軌道敷にもスギが生えている。)
いい感じの掘割
(いい感じの掘割)

しばらく進み二つ目の谷に遭遇する。
こちらは規模が先程より大きく、やはり路盤の痕跡はすっぱりと途絶えいる。
仕方なく先の谷を越えてみると、やはり僅かながら軌道跡の痕跡が続いていた。
軌道跡はその後明瞭になる。
所々、盛土で路体を構築している箇所があり、意外に感じる。
軌道跡は相変わらず高度を変えずに順調に距離を稼ぐが、いい加減にインクラインにならないと待多部沢に取り付かないだろうと不安になりだした時、尾根の突端に到着した。

 

尾根の反対側は急で深い谷で、さすがにこの先軌道跡はなさそうだ。
そう思って周辺を丹念に探すと、遂に制動機小屋の痕跡であるブロック積み擁壁を発見した。
機廻し線のあった平場には天然のスギやヒバが育ち、更に擁壁にも沢山の土が覆っていて最初は気付かなかった。
これでインクラインの終点を確定できた。
昭和24年の廃止から67年という歳月の大きさを感じる。むしろよく発見できたと感慨深くもある。

インクラインの制動機小屋跡
(インクラインの制動機小屋跡)
制動機小屋下のブロック積擁壁
(制動機小屋下のブロック積擁壁)
インクライン終点跡全景
(インクライン終点跡全景)

帰りは気楽な気持ちで来た道を戻る。
2箇所ある谷越えのうち、トンネル寄りの小さな谷に差しかかった時、行きには気付かなかった或る物体に気付く。
地面に散乱した丸太からナットの付いたボルトが飛びだしていた。
よく見れば結構な数が、規則的に、まるで構造物が朽ちて崩れ落ちたかのように・・・
これは紛れもなく木橋の残骸だろう。
これまで石やコンクリート製の橋脚や橋台の残骸は見てきたが、木製橋脚の残骸は初めての発見だ。

 

この辺りは多雪地帯であり、雪崩が起こりやすい谷筋で木橋を維持するのはかなりの苦労があったと思う。
雫石営林署の保線技術はかなり高かったのではないだろうか。

路盤の途切れる谷越え個所
(路盤の途切れる谷越え個所)
よく見ると木製橋脚の残骸があった。
(よく見ると木製橋脚の残骸があった。)

この日の調査はこれで切り上げ、後日インクライン起点側の調査を行った。
終点の緯度経度をGPSで記録し、線路方向も確認できたので今回は確実に起点を特定できそうだ。果たして現場に行って見ると、まず最初に沢の中に埋没したレールを発見した。
鶯宿線系統でレールを発見するのはこれが初めてで、想定外に幸先良い。
レールは錆びと変形が酷く、寸法を測るのに苦労したが6kg級のレールであることが分かった。
規格的に2級線の手押車輌専用線に相当することから、場所的に考えて、インクラインのレールだった可能性がある。
想定されるインクラインの起点はここから僅かに上流なので、位置関係は問題ない。

沢の中にレールを発見
(沢の中にレールを発見)

GPSで想定されるインクラインの起点は、現在の状況から一見すると当時の状況が想像しにくかったので周辺の斜面を念のため調査した。
まずは想定場所から直線的に斜面を登る。
かなりの急斜面は太い樹々が生えているだけでなく、登るにつれて地形が狭まりさすがにインクラインの跡ではないと判断。
そこで少し西へトラバースする。
急斜面にはヒバが地を這うように生い茂り難儀する。
しかしその先は先程とは異なる灌木帯で、地形もかつて整地されたような感じだ。
この灌木帯を待多部沢に向かって下る。尻餅をつくくらいの急斜面だ。

斜面が整地され、植生の状況からもインクライン跡の雰囲気を伝えるルート
(斜面が整地され、植生の状況からもインクライン跡の雰囲気を伝えるルート)

かすかなルートは西へカーブしながら待多部沢の右岸に到達し、そこには平坦地が広がっている。この平坦地はインクラインから本線へ運材台車の付け替え作業をするのに必要な場所で、これらの条件を満たすこの場所がインクラインの起点であり、同時にインクラインの線形も特定することができた。
これらの結果、インクラインの規模は、延長141m、標高差80m、平均斜度34°と推定される。

 

一枚の写真が、長い年月に埋没しようとしていたインクラインの遺構を、記録として蘇らせてくれた。
この写真はかつて雫石営林署で森林鉄道の機関士をしていた方のアルバムにあったものだ。
撮影者も分からず、アルバムの所有者であった機関士さんも既に他界され、著作権を考えるとここで公開できないのが残念だ。

インクライン起点側の推定ルート
(インクライン起点側の推定ルート)
本線とインクラインの合流個所
(本線とインクラインの合流個所)
本線端部の平坦地
(本線端部の平坦地)
この背景地図データは国土地理院の電子国土Webシステムから配信されたものである。
この背景地図データは国土地理院の電子国土Webシステムから配信されたものである。
コメント: 37
  • #37

    ウエブマスター (木曜日, 22 7月 2021 15:34)

    昔の列車旅は、移動中も面白味がありました。駅にも「名所案内」の看板があり、駅名表示の下にも「●●郡●●村」とか書いてあるのが好きでした。

  • #36

    白州丸 (土曜日, 17 7月 2021 15:24)

    宮城〜岩手〜秋田〜青森と東北縦横断の旅堪能しました。沿線の温泉に入りたい!
    画像加工いいですね!!

  • #35

    ウエブマスター (金曜日, 16 7月 2021 23:49)

    私が描いたと言いたいところですが、撮った写真を加工したんですよー
    でも、文字は女流書家 泉に依頼したものです!

  • #34

    白州丸 (水曜日, 14 7月 2021 16:46)

    産業と共に生きた雫駅の歴史が分かります。駅舎のスケッチも良いですが因みに誰のタッチ?

  • #33

    ウエブマスター (土曜日, 13 3月 2021 11:08)

    徳永さん、了解しました!
    ウエブマスターまでメールいただければ地図を返信いたします!

  • #32

    徳永光保 (金曜日, 12 3月 2021 07:33)

    前山の記事 拝見しました。
    西和賀方面にこの時期にいけるところを探していたので興味があります。だいたい見当はつくのですが
    もしよろしかったらルートの地図をいただけないでしょうか。よろしくお願いします。

  • #31

    ウエブマスター (日曜日, 28 2月 2021 17:38)

    chanmikiさん
    いらっしゃいませ!
    コメントありがとうございます。
    日付は更新日でモナドノックは20日にツアーしました。
    慣れていないと迷うと思うので、メールいただければ私の地図を送りますよ!

  • #30

    ウエブマスター (日曜日, 28 2月 2021 17:28)

    白州丸さん
    長いことコメントに気付かずスミマセン
    東京は大変ですよね。
    ワカサギを食べさせてあげれないのが残念です。
    大願成就の次の回、長女と岩洞湖に行きましたが、またしても大漁でした!
    岩手は恵まれてますよ!

  • #29

    chanmiki (火曜日, 23 2月 2021 21:07)

    初めてコメントします。同じ小学校区、同じピアノ教室だったTです。
    数年前からこのブログを見つけて、感動!尊敬!たくさん学ばせて頂いています。
    本日23日も、「岩神山から田代牧場へ」を真似っこしようと行ったのですが、雪が少なそうで止め、区界駅2番ホームからの牧野へ行こうかとホームまで行きました。迷って結局、桐の木沢山へ行ったのですが、「モナドノック」を見てびっくり!
    でも本日23日じゃないですよね?天気から。
    私も単身赴任で106号を使っていたので、北上高地の、しかも地形のプロの記事、とても興味深く読んでいます。もちろん地元雫石のもです!

  • #28

    白州丸 (土曜日, 09 1月 2021 21:04)

    コロナ禍で気づく事も多く、人と接せず作業をする一次産業やステイホームで地元を考える機会も多苦なりそれが新しい日常と気づくかもしれません。地元愛と働く人に感謝¡¡

  • #27

    白州丸 (月曜日, 28 12月 2020 11:11)

    コロナ禍で始まったこの1年、地表ををすっかり覆ってしまう新雪はしばし巷のゴタゴタも忘れさせてくれます。

  • #26

    白州丸 (木曜日, 10 10月 2019 16:45)

    馬愛の結晶でしょうね!優しい表情が印象的です。

  • #25

    ウエブマスター (火曜日, 30 4月 2019 11:10)

    徳永様
    お久しぶりです!
    コメント有難うございます!
    丸森良かったですねー
    雪もたっぷりで何よりでした。
    そろそろクマさんがウロウロしているようです。先日大松倉で足跡を見ました。お互いに気を付けましょう!
    いつか、ウロコでご一緒したいです!

  • #24

    徳永光保 (日曜日, 21 4月 2019 20:05)

    以前 森林鉄道のツアーでお世話になりました徳永です。本日こちらで紹介されている丸森にうろこテレマークで行ってきました。雪もたっぷり残っていてブナの原生林の雰囲気もよく大変気に入りました。情報参考にさせていただきました。ありがとうございました。

  • #23

    ウエブマスター (日曜日, 22 4月 2018 19:07)

    家の前の桜はまだですが、盛岡はすでに満開。テレマークはこれからが良い季節ですよ!

  • #22

    白州丸 (日曜日, 15 4月 2018 15:59)

    今シーズンのテレマークもそろそろ終わり?桜も咲き始めましたあ?

  • #21

    ウエブマスター (土曜日, 07 5月 2016 12:18)

    白州丸さま
    宮古では恒例のuno大会も盛り上がりました!
    旧道歩きは発見があって楽しいですね!

  • #20

    白州丸 (木曜日, 05 5月 2016 16:03)

    1泊2日の宮古の充実した旅でしたね。女性3名を従え賑やかで大きな天候の崩れも無く良かったです。

  • #19

    白州丸 (日曜日, 06 3月 2016 10:50)

    親子の協力、ほのぼのとして少ない成果でも美味しさがギュット詰まっている事でしょう。

  • #18

    ウエブマスター (日曜日, 10 1月 2016 11:41)

    白州丸さま
    ジムニーで薪運搬!
    こういうのって、田舎暮らしならではの楽しさですね!

  • #17

    白州丸 (土曜日, 09 1月 2016 14:13)

    有り難いプレゼント、ジムニー大活躍ですね!!

  • #16

    白州丸 (土曜日, 26 9月 2015 17:10)

    手を加えた分だけ建物は答えてくれます、又達成感は喜びになるでしょう。

  • #15

    白州丸 (土曜日, 26 9月 2015)

    父と娘の縦走、紅葉が綺麗ですね、山ガールも頑張りましたね!!

  • #14

    白州丸 (土曜日, 15 8月 2015 15:52)

    見事に蘇りました、15年の歴史がしみ込んだテーブル作業中はいろんな思いも浮かんだ事でしょう。我が家は削って(多分電動鉋?)もらいましたが手作業はご苦労様でした。又新しい家族の歴史(汚れ?)が刻まれる事でしょう。帰ってきた家族もさぞびっくり!!

  • #13

    白州丸 (火曜日, 30 6月 2015 10:19)

    テーブル完成おめでとうございます。ここ迄秋田杉を利用できれば樹も喜んでいる事でしょう。無垢板は存在感ありますね!!このテーブルからどんな作品が出来るか楽しみですね

  • #12

    ウエブマスター (日曜日, 17 5月 2015 12:24)

    リタイヤじっちゃん様
    丸森制覇、おめでとうございます!私はタイミングを逃し、今年は行けず残念でしたが、動画を拝見させていただき、行った気になれました!それにしてもクマにはビックリ!!

  • #11

    リタイヤじっちゃん (火曜日, 12 5月 2015 09:27)

    ウエブマスターの丸森ツアー(2013.5.12)でアクセスルートを知ったのは昨年の夏ごろ、それから5月の連休が待ち遠しく長いものでした。途中熊さんの歓迎を受けましたが、楽しく登ることができました。情報ありがとうございました。来冬は須賀倉を頂戴します。(山行記録YouTube”丸森”)

  • #10

    ウエブマスター (水曜日, 29 4月 2015 07:49)

    史実探偵さま、コメント有難うございます。なるほど!奥が深そうですねー。

  • #9

    史実探偵:平素人 (日曜日, 26 4月 2015 00:02)

    はじめまして^^、ウエブ釜石鉱山で検索訪問しました。ホームのお写真を見て、これが私の広報する、『BC.2001年に地球を半周し東北へ降臨した巨大隕石の核!』 かと思うと胸のたかまりを覚えます。よろしかったら、myブログのカテゴリー;巨大隕石(5) &, 巨大津波(4)へ、どうぞ^^!

  • #8

    小岩 (日曜日, 05 10月 2014 14:24)

    シロハヤブサの続編に期待・・豊かな発想に拍手を送ります。

  • #7

    小岩じいじ (日曜日, 05 10月 2014 14:16)

    岩手の旅行記は風景写真の見事さと臨場感あふれる文章にいつも感心しています。次号を楽しみにしています。

  • #6

    小岩 (日曜日, 05 10月 2014 14:06)

    泉ちゃん堂々の3位入賞おめでとう。又1つ話題ができましたね。来年は優勝目指して下さい。

  • #5

    リタイヤじっちゃん (日曜日, 05 10月 2014 10:09)

    体力的に門馬コースは無理ですが、教えていただいた丸森には挑戦させて頂きます。尚、剣ヶ峰山行記録はyouTubeで公開してますがどなたとも知らず貴方の車ときのこ採りの3人には無料出演して頂いでおりますのであしからず。但し誰も見ませんが。(笑)

  • #4

    ウェブマスター (日曜日, 05 10月 2014 00:06)

    いやはや!
    ニアミスしていたわけですね、リタイヤじっちゃん様!やはり早池峰剣ヶ峰、いい山ですよねー!
    今度は、門馬コースにも久々にチャレンジしたいと思っています!

  • #3

    リタイヤじっちゃん  (水曜日, 01 10月 2014 18:16)

    久しぶりに覗いて見てびっくりしました。9月15日早池峰剣ヶ峰で好青年と交差したことを覚えております。あの時の白髪親父がじっちゃんです。初めて登りましたがいい山でした。

  • #2

    ウェブマスター (土曜日, 07 6月 2014 22:03)

    ritzさん、コメント有難うございます!
    阿部館山良かったですよ!来年も絶対行きます!その時お会いするかもしれませんね!今後ともこの隠れ家的HPをよろしくお願い致します!

  • #1

    ritz (火曜日, 03 6月 2014 00:16)

    はじめまして。
    4/13阿部館山の記事拝見しました。素晴らしいところですね。
    4月頭に櫃取湿原や青松葉山界隈を歩き(滑り)、斜面や森の雰囲気に感動しました。北上高地は初めて訪れましたが、また行ってみたいと思っています。
    これからも岩手の山滑りの記録、楽しみにしています。